クラシック音楽に感じる「敷居が高いの正体」 🎼

学びと人生のあいだで

クラシック音楽について話すとき、
よく「敷居が高い」という言葉が
使われます。

ここで言われている「敷居が高い」
というのは、

・難しそう
・知識がないと楽しめなさそう
・ちゃんと分からないといけなさそう

そんなイメージのことだと思います。

でも私は、この言葉を聞くたびに、
少し引っかかる気持ちになります。

なぜなら、この「敷居が高い」という
感覚は、
音楽そのものの性質というより、
大人になる過程で、いつの間にか身につけてしまった見方
なんじゃないかな、と感じるからです。

今回は、
その違和感について、
私なりに考えてみたいと思います。


そもそも「敷居が高い」って、本当に最初からあった感覚?🤔

よく考えてみると、ちょっと不思議・・。

たとえば、子どもがクラシック音楽を聴いたとき。
きっと「敷居が高い」なんて思いませんよね。

知識がないからこそ、ただ、

  • いい
  • きれい
  • なんか好き

そんな感覚で、シンプルに音楽を受け取ると思います。

つまり、「敷居が高い」という感覚は、
もともと持っているものではなくて、
大人になる過程で、なんとなく身につけてしまった感覚のようなもの・・
なんじゃないかな、と思うんです。


大人になると、いつの間にか身につく見方

そして、いつの間にか私たちは、

  • クラシックは難しい
  • 知識がないと楽しめない
  • ちゃんと分からないと聴いちゃいけない・・

そんなイメージを学んでしまう。

でもそれって、
音楽そのものが変わったわけではなくて、
見方のほうが変わった だけなんですよね。


だから、雑学で親しみやすくする構図に引っかかる・・

クラシックを初心者や一般の人に
紹介する記事で、かなりの確率で出てくる表現だと思います。

「敷居が高そうに見えるけど、実はそんなことないんです」とか、
「難しそうだけど大丈夫です」とか。
そういう書き方、たくさんありますよね。

たとえば、

  • 有名な作曲家の雑学
  • モーツァルトは実はおちゃらけていた、みたいな話
  • 偉人だけど人間味がありますよ、というエピソード

こういうものを入れて、
「クラシックって怖くないですよ」
「意外と身近ですよ」
という方向に持っていく文章も、
本当によく見かけます。

それが「親しみを持ってもらうため」
だということは、
私も分かっています。
そういう意図で書かれているんだろうな、というのも理解できます。

でも・・・、

「クラシックは敷居が高いから、まずはここから入りましょう」

という構図そのものが、本質的ではないような気がするし、逆にその“敷居”を強調してしまっているようにも感じてしまう・・。

本当は、
そんな前置きがなくてもいい音楽なのに、と。


じゃあ、大人になった私たちは、どうやって音楽に入ればいい?🎧

では、「敷居が高い」という見方を身につけてしまった大人が
クラシック音楽に入るとしたら。

それはたぶん、
純粋に心を奪われる音楽に出会うこと
なんじゃないかな、と思います。

「この曲は有名だから」とか
「名曲だから聴いておいた方がいい」とか、そういう理由じゃなくて。

ただ、自分の心がどう感じるか。


知識がなくても、ちゃんと響く感覚 🎶

私自身、好きな曲を聴いていると、

  • 気分が良くなる
  • 安心する
  • 理由は分からないけど落ち着く etc…..

そんな感覚になることがあります。

そこには、
言葉で説明できる理由も、
知識も、正解も不正解もありません。

ただ、自分の感覚と音楽が
共鳴している だけ。


「敷居が高い」を超えてしまう瞬間

そういう瞬間って、

「敷居が高い」とか
「よく分からない」とか、
そういう考えをあっさり超えてしまう感覚だと思います。

たとえば、

自然の風景を見て、
「きれいだなあ」と思って
ぼーっと見とれてしまう感じ🌿

理由なんてなくても、
心が動く瞬間ってありますよね。

音楽も、まったく同じだと思います。


「美しい体操」をみた時と似ている感覚 🤸‍♂️

昔、オリンピックで体操の演技を見ていたときのことです。
私は体操の知識はありませんでした。
技の名前も、難易度も、ルールもよく分かりません。

それでも、ある瞬間、
ふっと 心を奪われた ことがありました。

テクニックがどうこう以前に、
「美しい」と感じて、目が離せなくなったんです。

後でその選手(内村航平選手)の
何かの記事を読んだとき、そこで彼は、

自分は「美しい体操」を目指している

というようなことを話していました。
(当時読んだ記事はこの記事ではないですが、内村選手の記事を読んでみてください🎵)

内村航平(元体操日本代表)「体操を知らない人が見ても美しいと思えるような演技が目標でした」──パリ2024オリンピック特集「レジェンドが名場面を振り返る」
内村航平(元体操日本代表)が語るオリンピックの思い出とは? パリ2024オリンピックの展望にも注目!

この「美しい」という言葉が、
今でもすごく印象に残っています。

美しさって、
専門知識がないと分からないものではないですよね。

誰でも、それぞれに何かしらの美的感覚を持っている。


音楽も、きっと同じ

私は体操の知識がなくても、
心を奪われました。

それと同じように、
音楽も、

  • 何も分からなくても
  • 知識がなくても

美しさや心地よさで、
心が動く瞬間は必ずあります。

だから、

「分からないから楽しめない」
のではなくて、

分からなくても、もう感じている

そういうことの方が多いんじゃないかな、と思います。


最後に 🎼

クラシック音楽は、もとより音楽は、
理解しにいくものというより、
出会ってしまうもの なのかもしれません。

敷居を下げなくても、
説明を足さなくても、
ちゃんと心に届く音楽は、あります。

まずは、

自分の心が、ふっと奪われる瞬間

それを大切にして、
ジャンルに関係なく、音楽を聴いてみてほしいなと思います🙂

私は、そんなふうに感じています。

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